~部屋の中に季節を織り込み、自然と人が調和する未来“最高級の花ござ”掛川織 広松健男さん・律子さんご夫婦~福岡ものづくり絵日記vol.10
【福岡ものづくり絵日記とは?】
福岡には、地域の宝物と言われるものが数多くあります。どれも作り手の深い想いや洗練された技術、そして物語が込められており、手に取ったり味わったりすると、新しい扉が開かれたような、心が豊かになる瞬間をもたらしてくれます。
そのような福岡の宝物は、これからどんな未来を作り出していくのでしょうか。「福岡ものづくり絵日記」は、福岡在住のイラストレーター・尾野久子が、ものづくりを通じて描く未来予想図です。
「部屋の中に季節を織り込み、自然と人が調和する未来」 ”最高級の花ござ” 掛川織 広松健男さん・律子さんご夫婦
カッタン、コットン・・・
広い工房の中に響き渡る、木製の手織り機の音。
鮮やかな色の“い草”を繰り返し通し、心地よいリズムを刻みながら美しい模様を描き出していきます。
福岡県筑後地方、大木町にある広松健男さん・律子さんご夫婦の『「掛川」工房大木』にやってきました。
掛川織という織り方は、模様を織り上げて作る“花ござ”の中でも最高級品。長さやコシが十分にある上質ない草を、他のござより約3割も多く使用。そのため弾力性に富み、座り心地がとても良くなるのだそうです。
この木製の手織り機は、健男さんのお母様の代まで使用していたもの。現在は機械で織るのが主流ですが、今回、特別に動かしていただきました。
カッタン、コットン…
少し前まではこの地域に当たり前のようにあった機織りの風景。
風や鳥の声と調和するように響く織り機の音を聴いていると、人々の生活や営みは、自然と共に時を刻んできたのだなあ、と実感します。
産業の発展とともに変化してきた私たちの暮らし。室内環境も変わり、ござや畳が無い家も増えてきました。今後、どのような未来へと繋がっていくのでしょうか。
リラックス効果や抗菌、吸放出性に優れ、夏は涼しく冬はあたたかい。魅力いっぱいの花ござ・掛川織の可能性を探ってみました。
未来予想図1:部屋の中に、季節を織り込む暮らし
広松さんご夫婦が作る花ござは、グリーンやブルーなど同色系から虹色まで色合い様々。単にカラフル、という言葉では言い表せない深みを伴った鮮やかさがあります。
い草を染める色も健男さんが指定しているそうで、この奥行きのある色合いやデザインの発想の源はどこですか?と伺うと、
「うーん。やっぱり外の景色だよね。自然の中には色んな色があるから」と、健男さんは工房の外に視線を向けました。
周辺には豊かな田園風景が広がっています。工房にお邪魔したのは夏。勢いよく成長する稲の生命力みなぎる緑が、遠く連なる筑肥山地の山裾まで続いていました。
「緑がいちばん身近かな。それで同じ緑でも色々あるでしょう」
稲やい草の明るい緑や、クリーク沿いに茂る木々の葉の深い色。あぜ道沿いの黄味がかった雑草の色、そして遠くの山肌の色。それらを健男さんの感覚で取り込み、さまざまな緑が入り混じった模様のござが織り上げられていきます。
落ち着きのあるブルーは、空や深い海の色。華やかな紫色は、降り注ぐように花が咲く藤の色。
「もうすぐしたら、紅葉でしょう。赤い花ござはその色ですね」
イメージした色を一本一本差し込みながら、少しずつ出来上がっていく花ござ。手織り機を使っていた頃は、何日もかけて織っていたそうです。
空の表情が変わると、工房に差し込む光も変わります。風の向きで、運んでくる香りも違ってきます。一枚の花ござを織り上げるのに、数え切れないほどの自然の表情を感じながら織り上げていったんだなあ、と想像します。
「夜明けや夕暮れのかすかな景色の違いとか、そういうのも参考になるよね」と健男さん。
自然の景色を織り込む、とはこういうことなのか、と思いました。
これから秋が深まるにつれ山肌の色が変わっていきます。街で生活していると季節の移ろいに気づかずにいることもありますが、紅葉色の花ござを部屋に敷いて、自然との繋がりを感じてみるのも良いなあ、と思いました。
未来予想図2:精神集中したり、読書をしたり。ござの上で内面と向き合う
掛川織の上に座って深呼吸してみると、かぐわしい香りが身体中に満ちていき、とてもリラックスできます。また程よい弾力が心地よく、思わず寝転んでしまいます。
間近で模様を眺めていると、この花ござが出来上がるまでの過程を想像してしまいます。
国産い草の栽培には約2年ほどの時間がかかります。 半年ほどの時間をかけて苗を育て、春から秋にかけて株を増やしていきます。11〜12月になると別の田んぼに植え替え、しばらく地上での地上での成長を促しますが、寒さが厳しくなってくると、地上での苗の成長は止まるのだそうです。その代わり、地面の中でしっかりと根を張り、春がやってくるのを待つ。そして春がすぎ、木々の若葉が勢いよく葉を広げる初夏、一気に伸び上がるのだそうです。
根がしっかり張っていればそのぶん、上に伸びる力があるそうで、なんだか人の成長みたいだなあ、とも思います。
広松さんご夫婦は、土の状態を見極めながら水や肥料を調整。農薬はほとんど使わず、有機肥料を使い自然の力を引き出しながら栽培しています。
お二人の、成長を見守る眼差しは真剣で優しく、丁寧に育てられているい草なんだなあ、と感じます。
また、花ござづくりの業界も長い間で変化してきました。栽培も製作もフル稼働でとてもいそがしかった1970年代全盛期。生活様式が変わり、洋風の部屋が増えてきた過渡期。そして今はニーズに合わせた商品や販売方法を開発する変革期にあります。困難に遭っても、手間ひまをじっくりかけて花ござを作り続けてきた理由は、
「なんていうか、愛情、ですかねえ」
愛情、という効率や合理性をも飛びこえた言葉も、栽培や製作の過程を知ると腑に落ちます。優しく笑う健男さんと律子さんが印象的でした。
世の中が動くスピードは年々速く、情報もどんどん流れていきます。そのぶん、目の前のものとじっくり対峙できる時間が、とても贅沢に思えます。
表面に成長が感じられない寒い時代でも、目に触れないところで根を広げているい草。そしてその成長を見守り、手をかけて育てる広松さんご夫婦。その様子は広く社会を象徴しているようです。
掛川織の花ござは最近、ヨガマットとして使ったり、部屋の一角に特別な空間を作るために置かれることも多いそうです。
こういう一つ一つのエピソードが特別な価値となり、精神集中したり、読書やお茶を飲んだりする時間を特別なものにしているんだろうなあ、と思いました。
未来予想図3:自然と人間にとってちょうど良いバランスは、どこだろう?年中通して優秀な家具“ござ”が教えてくれること。
さかのぼると、ござの起源は縄文時代。家具としての歴史がとても長いんだなあ、と感じます。
これだけ長い間、愛されてきた理由は何でしょう?
その秘密は灯芯とよばれる、い草の中心部の組織にあるそうです。スポンジ状のこの構造は、一畳あたり500ccもの水分を吸収し、また部屋が乾燥すると蓄えていた湿気を放出する、という性質を併せ持っています。
夏、寝ござを使うと快適に眠れるのはこのおかげなんですね。そして冬には結露を防ぎ、加えて断熱・保温効果もあるので、暖かさを保ち乾燥を防いでくれます。
言われてみれば冬の朝、起きてフローリングに足をついた瞬間、ひんやりしすぎて布団に逆戻り…ということはよくあります。逆に和室で目をさますと、そういうことはないなあ、と思います。
さらにすごい性質として、大気中の有害物質を吸収・分解することもできるので“天然の空気清浄機”と呼ばれています。
締め切った部屋には、コンロやストーブから発生する二酸化窒素や、防腐剤・接着剤に含まれるホルムアルデヒドなど、有害な化学物質が留まっています。い草はこれを吸収・分解してくれるのだそうです。
なんと優秀な家具でしょう!先人の知恵だなあ、昔の人はすごいなあ、こういう事が分かっているからこそ、長く愛されてきたんだなあ、と改めて感動してしまいます。
広松さんはじめ、伝統的な産業を営む方々に共通しているのは「自然と共に生活がある」ことを深く理解されているということ。自然の恵みを受け、それを還元し再生しながら人間活動を続けていくこと。私たちはお話を聞くたびにその意味や重要性を考えさせられます。
急速に産業が発展した裏には、工場や発電所、自動車など多くの燃料を燃やし続けてきた背景があります。便利になって移動の自由も得たけれど、結果、悲しいことに空気を汚してしまいました。
これだけ温暖化や汚染が進んだ今では、エアコンや空気清浄機を使わないと危険な場合も多いですが、ふと、自然界の性質を利用した昔ながらの家具の働きに目を向けてみると“自然のサイクルと人の活動とのちょうど良いバランス”がどこなのか、教えてくれている気がします。
時間がかかっても丁寧にござを育て、織り、最終的な仕上げまで手をかけて行う広松さんご夫婦。
「愛情ですかねえ」という言葉が、改めてとても深く染み渡ります。
それは、手間ひまかけて作り上げたい草や花ござへの想いだけではなく、子どもたちに繋げていく未来に寄せた想いでもあるんだなあ、と思いました。
>>『「掛川」工房大木』花ござについてのさらに詳しい記事はこちら
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【イラストレーター 尾野久子】
福岡県小郡市出身。
幼少の頃より絵を描きはじめ、学生時代は独自でいろいろな画材を試す。
卒業後、制作会社に勤務。
在職中は映像制作をメインに活動、絵コンテ制作から撮影・編集作業まで行い、
情報を効果的に伝えるストーリー構成力を磨く。
ウェディングでは招待状からなれそめ絵本、アニメーションまでオリジナルの商品を多数展開。その他ショップやサロン、医療施設の名刺やパンフレットなどの宣伝物を手がけ「想いを形にする」ことの大切さを感じる。
現在は、フリーのイラストレーターとしてイラストを描き、
静止画から動画までさまざまな媒体に展開しています。