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2020-06-16

「世界の中の “ここ” で生きる。あなたとともに」地域計画家 髙尾 忠志さん ~福岡ものづくり絵日記 vol.07 ~


【福岡ものづくり絵日記とは?】

福岡在住のイラストレーター・尾野久子が「福岡のものづくり」に関わる人々を取材した絵日記です。色とりどりの人物たちがつくり出す商品・作品・サービス・ムーブメント。その背景の一端をイラストで綴ることで、より福岡の「もの」に親しみを覚えていただけますように…

「世界の中の “ここ” で生きる。あなたとともに」地域計画家 髙尾 忠志さん ~福岡ものづくり絵日記 vol.07 ~

『池のほとりでひとり、本を読む。あたたかな日差しと緑陰に包まれながら』
ここは久留米市五穀神社横の園路。今回お話を伺った 髙尾 忠志 さんが、市職員の方々と共にリニューアルした場所です。
ある春の日の夕方、池の中に造られた中の島のベンチに腰掛け、男性が静かに本を読んでいました。
 
髙尾さんは言います。
「歩いていける範囲に居場所がある。それが暮らしを豊かにする」
 
 
地域デザイン=“そこに住む人”が住み続けたいと思えるように、魅力を引き出すこと。
2020年の春、コロナウイルスの影響で容易に移動ができなくなりました。これから先、私たちはどのように「ここ」で生きていくのでしょうか。お話を伺ってきました。
 

1.対話とデザインで創り上げる、詩歌の世界観。~柳川市民ワークショップ~

 
髙尾さんは地域計画家。まちづくりに関して企画・監修・アドバイスを行なっており、その活動範囲は日本全国。どこまででも出向きます。
そのうちのひとつ、柳川市で行われた市民ワークショップを見学しました。(※2019年12月開催)
 
テーマは「川下りコースの夜景づくり」
柳川は言わずと知れた“名勝水郷柳河”。城下町の面影を残す町中に、網の目のように巡る掘割。その水面を、船頭さんがゆっくり船を漕いで行く。その風景はあまりにも有名です。
 
 
私は当初、この計画の目的は観光地としての魅力を強化するものかと思っていたのですが、そうではないそうです。
 
「柳川に住む人たちが、この場所で過ごすのは夜の時間帯が多いんです。その時間を豊かにするのがこの計画の一番の目的。その付加価値として、柳川観光における滞在時間の延長や宿泊客が増えるというイメージです」
 
住む人が主役のこの計画。ワークショップの開催を新聞などの広告で呼びかけ、多くの市民の皆さんが参加。それに市役所の職員、九産大の学生、そして照明デザイナー・面出薫先生と、様々な立場の方が集いました。(※面出薫先生…東京国際フォーラムや六本木ヒルズなどの照明計画を担当した、世界で活躍する照明デザイナー)
 
さて、住む人にとっての “名勝水郷柳河” の価値とは、何でしょう?
観光地として謳っているのは、弥生時代からの長い歴史を持つ掘割と、城下町の面影を残す町並み。そして、日本を代表する詩人・北原白秋の生地だということ。
 
しかし(有名人の生地あるあるだと思いますが)「北原白秋のこと、そんなに知ってるかな…?」と、住んでいる人はちょっと自信が無いようです。
 
さらに、白秋が詠んだ「水路」「白壁」「並倉」は今もあるけれど、その風情を私たちは味わえているだろうか…?
 
そこで “北原白秋の詩歌の世界を体験できる夜景” が目指す夜景のイメージとなりました。
 
 
面白かったのが、まず住民の皆さんと「柳川照明探偵団」を組織したこと。照明を施す川下りコースをどんこ船と徒歩で廻り、夜間の景色の現状を調査したそうです。
 
「住民の方々の目線で現状を見てもらい、その上で話を聞くと、何を求めているのか、何を必要としているかが見えてきます」
 
調査の結果、出た意見は様々。
 
「遊歩道が暗すぎて安心できない」「照明の色がバラバラで統一感がない」「“待ちぼうけの碑”の照らし方が怖い」…という率直な意見から「ほんのり漏れる民家の明かりが美しい」「水面への木々の映り込みが綺麗」「闇の静けさがいい」という、現状の良さを讃えるものまで。
 
発見した光の良いところと悪いところを地図上に貼り出し、共有していきます。
「こうやって一つひとつ、意見を拾い上げていくんですよ」
 
髙尾さんがまちづくりをする時に、大切にしているのが “対話” だそうです。まちづくりは様々な人が関わるもの。立場や視点が変われば、出る意見も違う。その多様性を無視して一つの視点だけで目的を果たそうとすると、ひずみが生まれるので、まずは話をする。
 
でも…全員の意見を聞いたら、まとまらなくなるのでは?そう思って聞くと、
 
「そうなんです。一生懸命話だけしたところで、良いものができるわけじゃない。そこで “ デザイン”の力が必要になってきます」
ここでいうデザインとは、多様な意見やアイデアを形に落とし込むプロセスのこと。
 
「希望を全て実現することはできません。でも “Aの実現は難しいけど、Bの部分に少しAの要素を入れたらどうだろう” と、包容力のあるデザインなら納得されやすいですよね。その他、“Cは予算的にできないけど、こういうアイデアで可能になる” といった提案力も必要です。そうやって複数のアイデアをデザインの力で組み合わせ、意見を噛み合わせていくんです」
 
例えば、並倉の常時ライトアップは予算的に厳しい。それなら、船に乗る人がスマホや懐中電灯の灯りで “セルフライトアップ” をしてはどうだろう。船が進む水面の “揺らぎ” を自らの手で映し出し、印象的な体験ができる…という提案です。
 
 
今回のワークショップでは、面出先生率いるライティング プランナーズ アソシエーツの皆さんが協力、夜景の完成イメージを形にしてくださいました。
 
配られた資料には、完成イメージと提案が組み込まれた景色が描かれていて、自分たちの活動が少しづつ形になっていくプロセスを感じることができます。
 
住民でない私も、ページをめくるたびに胸が躍りました。船頭さんが奏でる水の音や、虫の声が今にも聞こえてきそう。
 
 
「プロジェクトの当事者となることで、みんなの意識も変化していくんですよ」
 
例えば、住民が北原白秋について詳しくないと言うなら「詩歌の読み聞かせ会を開いてはどうか」という知識を深めるアイデアが生まれたり。
実際に夜の川下りを体験してみて“暗い”と感じれば「船頭さんのために水上の灯りを増やしてほしい」など、互いを思いやる意見が自然と増えていったり。
 
こうして、地域が変わっていくプロセスを共有できる。
「これが達成感となり、住民の皆さんが地域に興味を持つようになります。それが “地域力” を創ります」
 
住民の皆さんと造り上げる、詩歌の世界。それは同時に、城下町の構成を知るという歴史的ロマンも体感できるようになっています。
 
 
水とともに生きる暮らしを感じる、静かで優しい、光のストーリー。
その地域ならではの魅力は、このようにして引き出されていくんだなぁ、と思いました。
 

2.三足のわらじを履いて、境界線を飛び越える。

ところで、上記柳川の市民ワークショップでは、市役所職員、大学生、民間企業、そして住民の皆さん、と様々な立場の方が参加していました。
 
 
そういえば…髙尾さんの名刺の裏には
 
・一般社団法人地域力創造デザインセンター代表理事
・長崎市景観専門監
・九州大学持続可能な社会のための決断科学センター特任准教授
 
という3つの肩書が書かれてあります。
 
「ひとりで民官学連携です」と笑いながら言う髙尾さん。どういう経緯でこの三足のわらじを履くことになったのでしょうか。
 
 
髙尾さんが現在の活動に興味を持ったきっかけは、大学時代にさかのぼります。
1990年代後半、土木工学を専攻していた髙尾さんは、橋・トンネル・埋め立てなどの、いわゆるインフラについて学ぶ中、景観についての授業に出会います。
 
「単に橋を架ける時代は高度成長期で終わった。 “豊かさ”や “価値”を見出すことがこれからのインフラだ」
 
という教授の言葉に感銘を受け、すごく面白いなあ、と思った髙尾さんは大学院の景観研究室に進学。景観がよくなることで住民の地域への関心が高まり、その結果外部からも人がやってくる。経済効果も上がり地域の価値が上がる。と行った方程式を肌で感じながら学びます。
 
卒業後、都市計画に携わる民間企業に就職、様々な事例に触れながら実績を積みますが、ある時から「大都会・東京にいるよりも、地方に住んだ方が、より地域の空気感を感じられるのでは?」と思い始めます。ちょうどその時、九州大学の景観研究室・助手の求人を目にし、福岡へ移住。地域に寄り添いながら、まちづくりに関わってきました。
 
その姿勢が評判になり、2013年、長崎市から公共事業のデザインに関する指導・管理の依頼が舞い込んできました。
 
人口が減っていく日本の、これからの公共事業の課題は“減っていく予算と人員の中でどう創意工夫していくか”ということ。これまでのように一つの目的のための施設整備ではなく、複数の施設を関連付けて“ひと粒で何度でも美味しい”価値を感じてもらう必要があります。
 
そこで、髙尾さんが得意とする景観を軸としたまちづくりを進める “景観専門監” として市の職務を担うことになりました。
 
 
“学”の立場、“官”の立場と、二足のわらじを履いて活動を進めているうちに、長崎市のように多角的な戦略でまちづくりを行いたいというニーズは、とても多いことに気づきます。
 
今後はさらに増えるだろうと感じた髙尾さんは、この活動を “職能” として示していきたいな、と思い、2020年4月1日 “一般社団法人地域力創造デザインセンター” を立ち上げました。これで“民”の立場が増え、三足のわらじを履くことになったのです。
 
3つの立場に立ち続けるのは、多様な視点で物事をとらえられるから。
「民は経済効果、官は公平性、学は未来への投資、を主に重視します。その視点の違いが、発想を自由にします」
 
以前、気が遠くなるほど多くの人が関わったプロジェクトがあったそうです。
「宮崎県・日南市の中心市街地を活性化する事業なんですが、50個以上の関連事業を同時進行でコーディネートしないといけなかったんですよ!!」
 
ここまで多いと、それぞれの意見や事情がぶつかる。
「そんな時に“まあまあ”と言って調整したり、方向性を提案する人が要るんですよ」
 
そのためには、それぞれの立場の気持ちがわかっていないと説得力がないし、包容力のある提案もできません。
 
 
「3つの立場を横断する大切さを学びました」
フットワークが軽く、日本全国どこへでも出向いていく髙尾さんは、土地だけでなく立場の境界線も超えていくのですね。
 
一つの立場に縛られず、自由に立場間を横断しながら、多角的な提案をしていく髙尾さん。だからこそ、良いまちづくりを望む多くの人から必要とされているのだろうなあ、と思いました。
 
 

3、世界の中の「ここ」で生きる理由。それは、この場所が好きだから。

髙尾さんのまちづくりは、常に「住む人が最優先」。その想いは、どこから来るのでしょうか。
 
髙尾さんのウェブサイトを開いてみると、トップページには紅く染まる空に浮かび上がる、五島列島・久賀島(ひさかじま)の風景が。
 
 
「ここが、僕の原点なんです」
 
 
2009年、五島列島・久賀島景観まちづくり計画を依頼されました。久賀島は隠れキリシタンに関わる遺跡や古い伝説が数多く残る、ロマンあふれる島。世界文化遺産登録を目的とした景観計画です。
 
島に渡り、魅力的な要素の多さに感動した髙尾さんは島民の方に「いいところですね」と言いました。しかし島民の皆さんからは「じゃあ住んでみてごらん」という突き放すような言葉が返ってきたそうです。
 
「それを言われるたび、よくキズついてたんです」
 
全盛期は4000人ほどだった人口も今や300人。どんどん人がいなくなっていく島に住む皆さんにとっては、景観を良くすることなんて、行政の勝手な希望に過ぎないのではないか。地域に寄り添いたいと思うのに…やはり自分はよそ者なのか、と。
 
「でも、外からの目線って絶対に必要なんです。だから僕は、皆さんが “ここ” に住み続ける理由を知りたいと思いました」
 
島民の皆さんと言葉を交わし続け、心の奥底にあると感じたのはとてもシンプルなもの。
「この島が好きだから」という想いでした。
 
これからもずっと、ここに住み続けたい。その気持ちを何よりも尊重しなければ、世界文化遺産への登録どころか、景観を整えたところで何の意味もない。
 
 
一方的な景観整備ではなく、島民の方を巻き込んで共に育てていく。
 
そうやって真摯に向き合った結果、島民の人たちが、島内案内サインを手作りしたり、民泊や島留学などの体制も整えることができ、2018年、念願叶い世界文化遺産に登録されました。
 
 
2020年春、コロナウイルスの影響で経済活動は大きく停滞しました。その結果、様々な価値観…特に経済成長を至上だとする価値観は変わっていくだろうと髙尾さんは考えます。
“成長しない” 社会での持続可能な生き方とは。髙尾さんは言います。
 
 
「遠くに行けないおかげで、身近な環境の価値に気づくようになりましたよね」
 
 
確かに、私たちの行動範囲は物理的に狭くなりました。そのぶん、身近にある風景…新緑に彩られた山並みや夜空に煌めく星、空に向かってのびる麦の穂の生命力、川のせせらぎや鳥の歌声に心を動かされ、癒された人も多いのではないでしょうか。
 
 
「僕たちは、世界の中の“ここ”を選んで生活しています。その上で大切なのは、歩いて行ける範囲に、居場所がある、ということ。消費せずに、ただ気持ちよくいられる場所。それが暮らしを豊かにするんだと思っています」
 
髙尾さんが手がけた久留米・五穀神社横の園路を通り抜け、その先にある公園を一廻りしているうちに、だんだん日が薄れてきました。どこからともなく、夕食を作る香りが漂ってきます。
 
もうそんな時間か、と池のほとりに戻ると、先ほどの男性が本をふところにしまうところでした。
 
 
 
「こんなふうに、“ここで生きる”を支えるインフラづくりを、これからもやっていきたい」
 
 
髙尾さんの言葉が、池のほとりで時を過ごす男性の風景に重なりました。
 
 
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髙尾さんの活動についてもっと詳しく知りたい!という方へ
 
 
 

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【イラストレーター 尾野久子】

福岡県小郡市出身。
幼少の頃より絵を描きはじめ、学生時代は独自でいろいろな画材を試す。

卒業後、制作会社に勤務。
在職中は映像制作をメインに活動、絵コンテ制作から撮影・編集作業まで行い、
情報を効果的に伝えるストーリー構成力を磨く。

ウェディングでは招待状からなれそめ絵本、アニメーションまでオリジナルの商品を多数展開。
その他ショップやサロン、医療施設の名刺やパンフレットなどの宣伝物を手がけ「想いを形にする」ことの大切さを感じる。

現在は、フリーのイラストレーターとしてイラストを描き、
静止画から動画までさまざまな媒体に展開しています。

https://lifetalesbyh.com

 

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