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2021-07-30

高取焼「nanae」シリーズ|私の色、あなたの感性。語らいの器


取材で訪れた福岡県朝倉郡東峰村。青々した木々やきらめく川に囲まれた山を登り、細い道を曲がって、少し奥まった家の前で車を停めました。

鮮やかな葉っぱの緑が目に飛び込んでくるどこか神聖なこの場所は、420年ほどの歴史を持つ、県下有数の古窯「高取焼宗家」の工房です。

出迎えてくれたのは、高取七絵さん。 私たちは、七絵さんの作る器の魅力を取材しに訪れました。

七絵さんと正面に座ってお話ししていると、なんとなく優しくて安心した気持ちになります。

「きれいな瞳をした人だなあ」

「言葉づかいや言葉選びが素敵な人だなあ」

夢中になって話すほど、七絵さんの魅力や世界観に引き込まれていくような不思議な気持ちでした。

七絵さんの作る「nanae」シリーズは、白を基調に、植物の文様があしらわれている柔らかい雰囲気の器です。どんな料理でも受け止めてくれそうな懐の広さが感じられます。

ですが、七絵さんの作る食器は、一見、普通の白い器のように見えるのに、不思議なことに他の何物にも似ていないなと思いました。

そんなとき思い出したのが、私がものづくりの大学に通っていた頃、恩師にかけられた言葉です。

「作品は、その人自身だから。全部が表れるの。嘘をつくことはできないのよ」

当時、進路に迷い、苦しみながら制作を行っていた私は、その言葉にドキリとしたのを覚えています。

だったら、こんな器を作る七絵さんって、いったいどんな人なんだろう?

大学で染色とものづくりを学び、「高取焼宗家」という歴史ある窯元へ嫁いだ七絵さん。現在は、当主である旦那さん、跡取りである息子さん、娘さんと福岡県朝倉郡東峰村小石原で暮らしています。

今回は、七絵さんに取材で伺った”七絵さんの器の魅力の源泉”をお伝えしていきたいと思います。

高取焼とは

420年ほどの歴史を持つ県下有数の古窯「高取焼」 。江戸時代には、黒田藩お抱えの窯元としてお茶器を制作し、お殿様へと献上していました。

「高取焼」は、戦国時代に黒田官兵衛・長政が朝鮮へ出兵した際、陶工を連れて帰ってきたことから始まっています。当時、茶道は非常に重要な文化・教養とされており、「高取焼」を伝えた陶工には武士と同じ身分が与えられ、当時では破格の待遇で、帯刀まで認められていたそうです。

それほど「高取焼」の地位は高いものでした。

その技術は継承され、現在は13代目高取八山さんが当主を治めています。そして、息子さんの春慶さんが14代目を継ぐべく修行中。その技術は一子相伝で、跡を継ぐと決められたものにだけ、秘伝の書が伝えられていきます。

写真左:13代 高取八山さん、写真右:14代目後継者 高取春慶さん

工房内を見学させていただくと、釉薬を作り器にかける部屋や、器を焼く登り窯、粘土を作る部屋など、ほぼ全ての工程が手作業であり、420年前から続いている器づくりの様子が伝わってきました。

そして、作業の過酷さ、制作に勤しんできた皆さんの静かな情熱、並々ならぬ歴史の重さ…様々なことが感じられました。

当主の妻、跡取りの母、そして私

当主の妻として、跡取り息子の母として、家業を手伝う七絵さん。

素地となる粘土を作ったり、器を焼くため48時間も登り窯を焚き続けたり、自然釉の素となる藁を得るため1からお米を育てたり…器づくりは力仕事も多く根気がいって、女性にはなかなかの重労働。

ですが家業を手伝いつつ、自身の制作はその合間に行っているそうです。

「高取焼は一子相伝なので、息子以外の人が技術を教えてもらえることはありません。なので私は、主人や息子が制作しているのを手伝いながら、少しずつ器づくりを始めました。せっかく窯を焚くなら、自分も制作したほうが楽しいと思って」

と、七絵さん。

日常の中では、もちろん家族の用事や家事、子育てもあるでしょう。家業を支えるお仕事もあります。それでも自分の制作をしようと思うなんて…!その熱意に本当に、脱帽してしまいました。

“好き”が原動力

「頑張る原動力は”好き”な気持ちかな」

七絵さんが忙しい日々の合間に作陶できるのは、自分の中にある”好き”に突き動かされるから。

「もの作りが好きです。大学の頃は染色を専攻していました。今も染め物教室を開催したり、作品を作ったりしているんですよ。

工房にかかっている暖簾は七絵さん作だそうです

じつは最近、むかし書いた進路ノートを見つけたんですが、なりたいものランキング1位は弁護士、2位は染色家、3位は陶芸家と書いてあって。弁護士は勉強が苦手だったのであきらめたんですが、やっぱりものづくりが好きだったんだなと思い出しましたね」

と、七絵さん。

「それから、私はこの場所(小石原)の風景が大好きなんです。私の中には、自然崇拝の気持ちがあって。私の器に植物の文様が入っているのは『都会の人に里山の景色を届けたい。ホッとして欲しい』…そんな気持ちが込められているのかもしれません」

器に掘られるモチーフは主に「かなむぐら」「からすのえんどう」。こちらは「からすのえんどう」

女性目線の器づくり

「高取焼」は、ルーツが高価なお茶器であることもあり、少し渋めの色やデザインが多く、高取焼=渋いというイメージを持っている方も多いそうです。

八山さんや春慶さんの作品たち。お料理をひきたててくれそうな威厳あるいでたちです

「高取焼の釉薬の原料は自然界から得られる4種類。藁灰、木灰、長石、酸化鉄です。この配合の割合を変えるだけでいろいろな色合いの釉薬ができます。
例えば、藁灰が多いと白に、酸化鉄が多いと黒っぽい色合いに。それらの組み合わせは秘伝書によって伝えられていて、七色くすりとも呼ばれています」

と、楽しそうに話される七絵さん。

「せっかく無限大の色合わせがあるのだから、いろんな色があることをもっと知って欲しいなって思います。それで、私の器は『こんな色もあるんだよ』という提案で、明るい白を基調に制作をしています。”nanae”シリーズは、女性の私が焼く、女性目線の器かな」

確かに「nanae」シリーズは、これまで焼き物に興味がなかった女性の方、良い器を使うことに抵抗があった女性の方にも、すっと手に取れそうな優しい乳白色で、親しみやすさを感じます。

先ほど例に挙げた女性像は、 じつはうちの母のことなのですが、プレゼントしたら少しためらいながらもはにかんで使ってくれそうかな、と想像してほっこりしてしまいました。

向き合うこと・作品をつくること

いつもの「nanae」シリーズとは違う色味の器。透明感が強く、吸い込まれてしまいそうな美しい水色です…。

「これは、九州北部豪雨で被災した直後に焼いた器です」

平成29年に九州北部地方で起きた豪雨。「高取焼宗家」がある東峰村も被災地域となり、窯や設備が土砂で埋まってしまったそうです。

「近くの川の橋に刺さっていた、直径30cm以上もある数メートルの長さの大きな流木を片付けていたとき、主人が『これも器を焼く燃料にしてしまおうか』と言ったんです。いつもの釉薬で器を焼いたのに、不思議なことに、その窯で焼いた器だけが水色に仕上がりました」

普段は穏やかで優しい流れの川

豪雨が起きた後、沢山の方がボランティアとして窯の復旧支援に来てくださったそうです。

「泥出しや復旧作業は私たちが手伝いますので、少しでも陶器を作ってください」

そんな言葉に背中を押されて、無我夢中で「焼かなくちゃ」と窯を焚いたといいます。

「流木で器を焼くことで、それまで悲しみに満ちていた気持ちがスッとしました」

と七絵さん。2番目の息子さんはこの器を見て「お母さん、これは涙色の器だね」と感想をもらしたとか。

悲しい出来事まで作品に昇華する。それがものを作る人が向き合う世界なのでしょうか。自分の心に向き合う七絵さんの強さや作家性を、作品にみた気がしました。

目標・作りたい世界

「染色と焼きものを組み合わせた、自分にしか作れない作品を生み出していきたい」

というのが、今後の七絵さんの目標だそう。

「当主である主人には『色々手を出すから、どれも大成しない』と言われたりもするんですが…。だけど、これが私です」とも。

「自分の作品や活動を通じて、0から1を作るものづくりの大切さを伝えていきたい」

これは、七絵さんが作っていきたい大きな世界の話。

どうしてそのものが作られたのか、どんな風に作られたのか、どんな人が作ったのか、どんな気持ちが込められているのか…作品を通じて考えることで、自分の考察力や感受性が高まっていく感覚、私にもあります。

「人にはそれぞれ感性があって、それを大切にしていけるような世の中になったらいいなと思っているんです」

1つのことを追求する人もいれば、多くのことに興味を持ち、全てやってみようと挑戦する人もいる。他にも、様々な考え方や生き方の人がこの世にはいる。

あなたも私も素敵な人だと、受け入れながらみんなが生きていけるような世界が、少しずつ広がっていくといいな。

ものづくりをすること、大切に作られた作品を見ること、作品を使うことはそんな世界を作ることにも繋がっているんだと、今回七絵さんのお話を聞いて感じた筆者なのでした。

私の色、あなたの感性。語らいの器

高取七絵さんという人の生き方。作品。感性。その全てがキラキラ美しくて、同じ女性として憧れてしまいました。

「高取焼宗家」という歴史ある窯元へ嫁いだ妻の顔。お子さんを育てる母の顔。女性の顔。染色家の顔。陶芸家の顔。自然を愛する顔。きっとまだ私の知らない彼女の一面もあるでしょう。

全てを行ったり来たりして、享受して、そして「nanae」シリーズの器へ形を変えていく…。

これから「nanae」シリーズはどんな形や色になっていくんだろう?私の中には、そんなワクワクとした気持ちが生まれました。

これからの「nanae」シリーズに思いを馳せて…

この記事を読んで気になった方はぜひ、作品を見に「高取焼宗家」を訪れてみてくださいね。

高取焼宗家|インフォメーション

住所:〒838-1602福岡県朝倉郡東峰村小石原鼓2511

TEL: 0946-74-2045

営業時間:9:00~17:00 月曜定休日 ※但し、月曜が祝日の場合は火曜日休業

駐車場:有り


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